前編
先日、先生の友人と自宅で昼食会をひらいた。
友人の一人一人が、申し合わせたように、「志津子さん、お痩せになったんじゃない。」と言った。
私は、先生の方を一瞥すると、まんざら悪い気持ちではなさそうであった。
ところで、皆さんがいろいろ持ってきてくれたが、我々(先生と管理人)もちらし寿司、おでん、サラダ、酢の物などを作った。
米とぎからおでんの仕込みまで、出来るかぎりの手伝いはしたが、仕上げ味は先生がつけた。私の味はいつも濃い(醤油、塩が多い.)ので先生は嫌っていた。
しかし、酢の物だけは私が作っていた。この「きゅうりとワカメの酢の物」は夕食時に度々作った。イミテーション・クラブや桜えびなどを加えて、バリエーションを付けていた。
これは手持ちの料理の本をもとに作っただけであって、たいしたことではなかった。
作り方は、長くなりますので省きますが、材料は次のとうりです。
材料(4人前)
・きゅうり・・・・・・・3ー4本
・ワカメ(もどして)・・1カップ
・しらす干し・・・・・・1/2カップ
(イミテーション・クラブや桜えびなどを代りに入れる。)
・三杯酢(酢:1/4カップ)(砂糖:大さじ2強)(醤油:小さじ2)
(塩:小さじ1/2)
友人の一人が「この酢の物、美味しいですね。」と言うと、他の友人も同様に「美味しいですね。」「本当に美味しいですよ。」と同調し始めた。
そばで聞いていた私は,こんな簡単で料理とも言えない物で褒められて、こそばゆいながらも、喜んでもらえて嬉しかった。
すると先生が自慢げに悠長に話し始めた。
「そうなんですよ。」「美味しいですよね。」
「これはうちの主人が作ったんですよ。」「美味しいでしょ。」
「主人が得意で、いつも作ってくれるんですよ。」
「そんなに褒めないでくれよ。おだてるのはいいかげんにしてくれ。」と思いながら聞いていると、
「うわー。いいわね。」と友人の一人が言うなり、先生は誰も聞かないにもかかわらず、きゅうりとワカメの酢の物の作り方を説明し始めた。
そして、最後に
「三杯酢は酢、砂糖、醤油、塩に{胡麻油少々、ほんだしを少々}を加えるんですね。」
「むむむ・・・・」
「私は、{胡麻油もほんだし}も入れたことはないはずだが・・・。」
「特に{ほんだし}はいい隠し味になっていると思います。」と先生がまくしたてる。
「むむむ・・・・」
先生は私を褒め称えて、満足したかのように、ご馳走を口に運び続けた。
私が知らないうちに、味を調整していたとは・・・。
後編
「ところで、志津子さん、やっぱり随分お痩せになったわね。」
私は、そんなことはないと言いたかったが、
「そうなんです。病気以来、随分やせましたね。」と先に言われてしまった。
「酢の物とか食事も、ご主人が相当気をつかってくれるんじゃないの。」
「そうなんですよ。」「最近は、なんでもやってもらっています。」
私を褒め殺しにしようとでも言うのか。そうはいかない。
「どのくらい痩せたのかしら。」
「どのくらいでしょうかね。計ったことがないので。」
ええ、いつも計っているではないか。体重を計っては、ため息をついているのは誰だ?
翌日、ドクター・アポがあったので病院に行った。血圧の検査と血液検査の結果を聞くのが目的であった。
ここでは、いつもドクターが来る前に体重を計るのが常だった。
先生も慣れたもので、自分からはかりに向かった。そして、はかりにのった。
靴を脱いで計っていた。
いつもは靴を履いて計っていたのに、脱いでいたのである。
私は、一抹の不安がよぎった。
次に来る時には、靴だけでなく、着ている服までも脱いでしまうのではないかと・・・。