アカデミー賞ノミネート作品「トラフィック」を”先生”と観た。
凄い映画だ。
「麻薬」という地味な題材を扱いながらも、ジェット・コースターに乗ったような、スリリングな一級娯楽作品に仕上がっている。
監督のスティーブン・ソダバーグは「エリン・ブロコビッチ」で最優秀監督賞も受賞する。
主な登場人物は
1.マイケル・ダグラス:麻薬取締連邦最高責任者
2.べネシオ・デル・トロ:メキシコ警官
3.ドン・チードル:麻薬取締官
4.キャサリン・ゼタ・ジョーンズ:麻薬密売人の妻
物語はこの4人を中心にオムニバスのように4つに分かれている。
4つの話が麻薬の「トラフィック」によって一つの映画に仕上がっている。
私はイントロのパートでこの映画に酔ってしまった。
ハンディーキャメラと荒い粒子の画像が臨場感に厚みを加える。
べネチオ・デル・トロの声質が良い。
場面は1から4が交差する。
脚色も良いが編集が抜群だ。
麻薬に翻弄されていく1から4の人々をパンしながら、この別々の話を「トラフィック」していくカメラワークは実に面白い。
この映画でべネシオ・デル・トロがアカデミー最優秀助演男優賞を、名前は分からないがアカデミー最優秀脚色賞も受賞している。
トロの演技は主演男優賞に値するだろう。
二人の麻薬捜査官のボケとツッコミが良い。
最近の映画を観ると黒人俳優のバランスだけを考えている作品が多いが、
ソダバーグ監督のこの黒人とスパニッシュ系の俳優に対する演出には愛情さえ感じる。
それは名監督の作品には必ず優れた脇役がいるのと似ている。
この映画は「麻薬」と言う大きなテーマを持ちながらも、そこにはひたすら自分の世界を懸命に生きて行く人間が描かれている。
2時間30分ぐらいの映画にこれだけの内容をまとめるには、それぞれの話がコンパクトにならざるをえないだろう。
その欠点を逆手に取り、スピード感のあるエンターテイメントな作品に仕上げているのである。
麻薬捜査官は同僚が殉死するという悲劇にあいながらも、同じように捜査を続け、密売人の妻も無知であったが、現実に立ち向かい、メキシコ警官は職務と友情の狭間を駆け巡る。
大統領の命で麻薬取締連邦最高責任者になったオハイオ州最高裁判事は娘の麻薬中毒に懸命に立ち向かう。
この映画のように、簡単には麻薬からクリーンにはなれないのだが、肯定的な結末が私には嬉しかった。
トロ演じるメキシコ警官が、サッカー場で子供たちのプレーを虚無的に眺めるシーンのエンディングは圧巻であった。
彼には「麻薬」なんかどうでもよかった。彼に必要なのは”安全な場所”。
子供たちも、友人も、すべての人たちに安全なところが・・・。
そして、彼にはサッカー場しかなかった。
ここを出るとまた不条理の世界が待っている。
身じろぎもしないで、夢中でサッカーに興じる子供たちを見る彼と同じように、私の体も座席から動く事ができなかった。
一つのカルテルを潰しても、また新しい麻薬組織ができる。
刑罰を重くしても社会から麻薬は減らない。
ハイスクールでも蔓延している。
この映画は「麻薬」という問題提起はしているが、答えを求めてはいけないし、監督も答えは知らない。
私も知らない。
この映画のテーマは運命に翻弄されながらも、懸命に生きている人々なのかも知れない。
ソダバーグ監督がアカデミー賞監督賞受賞の挨拶の中で印象的な言葉を言った。
ほとんどの受賞者がする、家族や制作会社に対する感謝はなかった。
「映画にしても絵画にしてもどんなアートにしても芸術なしでは生きていけない。私は、この受賞をジャンルは異なっても、一生懸命物作りに励んでいる世界中の人々と分かち合いたい。」と。