Shizuko's Ceramic Class

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管理人の戯れ言

74.バレンタインズ・デー

  三月十四日はバレンタインズ・デーだった。”先生”もやはり女だった。数日前から夕食は何処かでと期待していたようだ。ところが、娘が二日前からインフルエンザになってしまった。頭痛に加え熱は百度以上もあり、咳は止まらなかった。勿論、学校は休ませた。私はこの時点でバレンタインズ・デーのことを一瞬忘れてしまった。 バレンタインズ・デーの当日、熱が九十八度に下がった。頭痛が消え、咳だけになった。
 娘が突然聞いてきた。
「今日はどうするの?」
 私は戸惑いながらも『特別な日』であることを思い出した。
「お母さんは多分夕食に出たいと思うけど・・・・」
 と遠慮がちに言った。
「行っていいよ。大丈夫だから・・・・」
 いつもは男勝りな娘が優しく言ってくれたのです。

 この日、大概のレストランは予約で一杯である。私は予約をしていないので、タイ、インド、ベトナムなどのアジア系のレストランがいいだろうと思って”先生”に決めてもらった。私の経験からいうとおおむね予約なしで食べられた。
 ”先生”が選んだのは日本食だった。その時、お腹の空いていない娘に好きなものをテイクアウトが出来るからだった。流石、”先生”だ。
 早目に行って、早目に帰ってこようと思い六時半頃、レストランに着いたのだが、青天の霹靂が待っていた。すでに超満員だった。三十分から四十分かかると言うのである。レストランを転々と探しまくるより待つべきと思って待った。だが、食事が出来たのは八時を少し回っていたのである。八時には帰ると娘に約束してきたので、ふたりは大急ぎで食べた。 八時四十五分ごろに帰ったのだが、意外にも娘は怒っていなかった。私は安堵した。病気の娘をおいて食事に出るのも、気が引けていたにも拘らず、こんなにも遅くなってしまったからである。
 私はファンシーでもロマンチックでもない日本食レストランだったが、娘の好意で”先生”と楽しく食事が出来て大満足だった。

 ところが、それは私の大きな勘違いだった。翌日の”先生”はおかんむりだった。 正確には土曜日のクラス終了後と言った方がいいだろう。
「バラの一本もなかったわね・・・」
「カードもなかったわねー・・・」
「食事もムードはなかったしね・・・」

 私は『しまった』と思った。というのもバラは忘れていたが、カードは買うつもりでいたからだった。 ところが、それすらも忘れていたのである。 だから私は『特別な日』が嫌いなのである。まして、昔はチョコレートを貰える日だったはずである。

「何気なくお小遣い上げたでしょ。あれでバラの一本ぐらい買ってもいいんじゃない」
「バラの一本ぐらい買ってくれると思ったのにね」
「Kさんの旦那さんは時計を買ってくれたそうよ。Kさんバラが飽きたそうよ。だから今年は時計を買ってもらったそうよ。私も飽きるほどバラを貰ってみたいわね」
「Kさんは毎年、一ダースのバラをボックスで貰っていたみたいよ。あなたはバラの一本も買えないのにね」

 その日の夕方、私は前庭にバラを植えることにした。前々から植えたいと思っていたのである。 土をならし、雑草よけのマットを敷く作業をしているうちに雨が降り出してきた。 私は明日にまたやろうと思っていると”先生”がレインコート姿で出てきた。
「頑張っているわね」
と言う言葉に威圧感を感じ作業を中断することが出来なくなった。
私は雨が強く降る中、数鉢からバラを植え替えた。

 翌朝、バラの回りには水が溜まっていた。水はけが悪いところだったのだろう。 小さなバラの木が一本、浮き草のように水に浮いていた。

 そこに”先生”が独り言を言いながらやって来た。
「バラの一本ぐらい買ってもいいのにね・・・」

 私は浮いていたバラの木を植えなおしながら、心の奥底で誓った。『いつか見飽きるほどのバラを育ててやる』と。

2月18日2003年


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