Shizuko's Ceramic Class

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管理人の戯れ言

80.羞恥心

   春先のことである。 12歳の娘とゴルフの練習場に行った。
 その日は日曜日で混んでいたのでひとつのスポットしか開いていなかった。当時、私は腰が痛かったので練習するつもりがなかったので問題はなかった。後ろには短パンの青年が力一杯打ち込んでいた。前にはアイロンがかかったズボンに、新しいものとわかるポロのシャツを着ている中年の紳士が素晴らしいスイングで練習していた。モスグリーンに統一したお洒落な紳士である。こちらのゴルファーでアイロンが良くかかったズボンをはいている人はあまり見かけない。

 娘がナイス・ショット連発していると、後ろのベンチから日本人らしきオバサンが娘のショットを見ていた。ベンチからいつのまにか消えたオバサンが我々の所に来るのに大した時間はかからなかった。
「娘さん、お上手ですね」
「ありがとうございます」
 と遠慮がちに言うと
「お父さんより上手いんじゃないかしら」
 と言い放った。初対面でそこまで言わなくてもと思いながらも、娘を褒められて悪い気持はなかったのである。
 そのオバサンが去ったあと私は数個のボールを打ってみた。最悪だった。娘の方に向かって
「最悪だね」
 というと、今までの様子が一転して、無言で私に近づいてきた。娘は目線を下にして言った。
「お と う さ ん、し た」
 いつも子供たちは、英語が混ざった会話をするのだが、その時の娘は違っていた。誰も分からないように日本語で言った。
「ズボンが・・・開いているよ」
 尋常でない娘の言動をいち早く察知した私は、何食わぬ顔をしてあたりを見渡した。ベンチには誰もいない。みんなゴルフの練習に夢中である。羞恥心が私を包んだ。私は後姿の中年紳士の方を向いて一気にジッパーを上げた。その時である。ジッパーを上げたと同時に、紳士はドライバーで快音を上げた。だが快音はドライバーの音だけではなかった。紳士のお尻から大きな放屁を浴びたのである。紳士は微動だにしなかった。何事もなかったかのように、次のボールを打ち始めていた。だが私には分かっていた。その紳士も私と同様に羞恥心が体を包んでいることを。私はその紳士と運命共同体のような一体感を覚えた。私は出来るだけその紳士から目を避け、娘のスイングに集中した。見ないことが武士の情けだと思ったからである。

 私は上達した娘のゴルフスイングを見ながら、いつも平気でづけづけ言う娘が確かに少しずつ成長しているのが分かり、いつの間にかニンマリとしていた自分に気づいた。私を包んでいた羞恥心は娘が打ったボールとともに消えていた。

 

8月12日2003年


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