Shizuko's Ceramic Class

[Home] [Menu]

管理人の戯れ言

84.死ぬかと思った#9(神の存在)

   これからの話は本当に死ぬかと思った実話である。  昨年の年末から今年にかけて大雨が続いている。フリーウエーを走っていると隣のレーンの 車から弾き飛ばされた水で、フロントガラスからの視界が消え、肝を冷やしたことが二度 ばかりあった。雨によるスリップや衝突事故が新聞で報道されていた。その中には横転した 四駆の車の写真も掲載されていた。

 一週間ぐらい前のクリスマスにレイクタホのノーススターへスキー(娘はスノーボード) に行った。その日は朝から雨で、いやな予感がしていた。それは雪の心配だった。ここ十年、 雪の中を運転したことがなかった。そのとき、ここが雨なら向こうは雪に違いないと思って いたことが的中した。山道に入ると、『チェーンが必要』のサインが出てきた。私は毎年 携帯したチェーンをこの日だけ持参しなかった。車を買ったばかりだったのだが、 古いチェーンは多分それにあわないだろう、という私の甘い判断で確かめもしなかったのである。
 私は途中にあるガソリンスタンドでチェーンを購入してあらためてタホに 向かった。粉雪が舞い、風が吹雪いてきたあたりで検問所についた。ここでチェーンを つけなければならない。私はチェーンを少し前に購入したことに安堵した。息子と二人でチェーンを つけはじめた。『安全ゴム』なるものをつけられないという息子に代わってつけようとしたとき 私は水を多く含んだ雪の上に尻餅をついてしまった。
 毎年、二本のズボンは持ってくるのだが、この日は持参 しなかったのである。幸いにも、私は息子が貸してくれたジーンズ(私は痩せている?)に 着替え出発することができた。
 一台の乗用車が私たちの前に検問所を抜けた。その前には雪景色が広がるだけで車は見えなかった。 私はその後に従ったが、いつのまにかその乗用車は遠ざかっていった。しばらくすると、後方にも 車がついてこなくなった。私は検問所でいわれた30マイルの速度を守った。久しぶりのチェーンでの 走行が不安であったのと、時折風で車体が揺れていたからである。
 ドナー・レークにさしかかる下り坂を慎重に降りきると、クリーム色のトラックに追いついた。右のレーンを走っていたその トラックが突然横滑りし始めた。私のミニ・バンは左のレーンを走行していた。 四十台の細身の男はなすすべもなくハンドルを握っていた。私は ゆっくりとブレーキをかけスピンしないように心がけた。トラックはS字のように蛇行しながら態勢を 立て直した。チェーンはつけていなかったが、スノータイヤに違いない。
 トラックが去り、安全になったその瞬間、後ろから「レッツ・ゴー」という声が笑い声と共に 子供たちから出た。
 私はその時強くアクセルを踏まなかったが、突然左方向に横滑りした。すると、車体が右方向に スピンし始めた。子供たちの嬌声が車内に響いた。右斜線に飛び出して ガードレールが近く感じた。バックミラーには雪景色以外 見えなかった。ミニバンはそのまま一回転した。私はこのまま横転すると思い、 古い車で来れば良かったなどと馬鹿な考えをしていた。ゆっくりそのまま二回目のスピンに入った。 ブレーキをかけるかかけないような状態のまま、「しっかり握って・・・」とみんなに言いながら、 自分もハンドルをしっかり握っていた。
 エンジンが止まった。私たちはコントロールを失ったジェット・コースターのように 再び左のレーンに入っていった。バックミラーに黒い車が大きく映った。その車は私たちの真後ろに 迫っていた。そして、私たちの車は新雪の中に入り、そのまま車線に平行して止まった。 二度のスピンでようやく車がとまったのである。 次の瞬間、黒いGMCの『YUKON』が私たちの真横を抜けていった。物凄いスピードで 疾走していったように錯覚した。右の車線からも流れるように車が続いた。
 一台の車も来なくなくなるまでひたすら待った。私はサイドミラーを見ながら、横滑りしていった トラックのことを思い出していた。 私はあのスリップしたトラックをみて、『四駆だろうとスノータイヤだろうとチェーンを つけないと(ダメ)だろう』と心であざ笑っていたのである。

 ”先生”は前日に私に言った。
「スキーラックは大丈夫でしょうね?今日のうちに付けておいたほうが・・・」
 私は風邪が治ったばかりで疲れていたので当日することにした。 だが、そのスキーラックは新しい車には合わなかったのである。スキーとスノーボードを車内に 入れて出発した。
 当日”先生”が言った。
「チェーンは持ってきたでしょうね」
 私は事前に確かめもしなかったチェーンのことを、多分会わないだろうから借りるか買うこと にするよ、といったのである。
 私はこのことにおいて、直ちに罰を受けた。濡れた雪の上に尻餅をついたのである。 そして、他人を笑ったことで、自分の車も同じような目にあったのである。

 二度もスピンしたあと、”先生”は冷静だった。
 私は”先生”を横目で見ながら、これは”神”からのお仕置きかと思った。 私は子供たちに「変なことをすると神様が見ているよ」といったものであるが、私は今自分に いわれているような気がした。 そして、私は見えない神よりも、得体の知れない霊気を隣の”先生”に感じるのである。
 やっぱり神は存在していた。
 ”神”に逆らって生きることは出来ないことを痛切に感じ、再び車を所々アイスバーンになった 80号線を緊張しながら走らせたのである。

余談:
 帰りの同じ80号線での出来事。
 チェーンを外してから、『滑るので注意』という区間があった。 私は十分車間距離を保っていたので、突然雪道になっても慌てなかったのだが、 私の後ろにつけていた白いステーションワゴンがスピンしそうになった。 何とか態勢を整えて、他の車との衝突を避けたが間一髪の出来事だった。 バックミラーからそのステーションワゴンやほかの車が無事であることを見届けると 私の視界から次第に遠ざかっていった。
 その日は大型トラックの横転事故があって、二時間ほど身動きができず停車していたあとの チェーンなしでの運転なので、後ろのドライバーは気が焦っていたのかもしれない。
 兎に角、九死に一生を得た二日間だった。
     

1月2日2004年


Copyrights (C) 2000-2004,Ceramicstyle