Shizuko's Ceramic Class

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管理人の戯れ言

90.再会・後

   『外国人夫妻』の滞在は”先生”だけでなく私にも大いに喜びをもたらしてくれた。
 初日にはチャイナタウンで飲茶を食べたのだが、私が手にした 『皿』を見ても、遠方から来たお客に遠慮してか”先生”からお小言を受けることはなかった。 (最近、内臓系や足などの『ゲテモノ』風の料理を注文すると家族からブーイングが来るので 食べることはなかったのである)
 二日目の日にはオープン・スタジオで忙しいからと、サンフランシスコの観光を遅らせ ご自慢の手料理を作ってくれた。

 私はこの一週間、観光も一因であるが、夕食や手料理をご馳走になって台所から開放された。 代わりに”先生”が台所で頑張っていたように思う。 先輩には現実を見せられなかったのかもしれない。

 『イラク人』のご主人が一人でセーフウエーに行って買物をしてきた日があった。
 家からは目と鼻の先にあり、歩いていける距離だった。 彼は中々変わらない信号に不信感を抱いたそうである。車の方の信号は青になるのに歩行者用の信号 が一向に青にならないからである。
 行きは信号のないところを渡ってきたのだが、買い物を済ませ同じ場所に来ると、交差点で 女性がボタンを押しているのを発見したそうである。
 その話でまた爆笑になった。イラクにも北海道の白老にも手押しの信号機はなかったのだろう。 異邦人にとっては見えそうなボタンも見損なったのである。
 その時、茶髪のK夫人はタイミングを外さないで『イラク人』の夫に言った。
 「貴方もロクロの上に乗って頭を回してきた方がいいわね」
 実はこのフレーズは初日に彼女が”先生”に言った言葉だったのである。  制作活動、オープン・スタジオ、友人のお世話等に頭を悩ませていた”先生”は彼女の「元気?」 という質問に
 「いやー・・・最近、頭が回らなくて・・・」
 と答えた時に返ってきた言葉だったのである。
 「ええ・・・そう・・・ロクロがあるんでしょう・・・それじゃ、ロクロの上にでも乗って、 頭を回してきたら・・・」
 それ以来、私たちは事が決まらない時は、必ずこのフレーズを多用したのである。

 『イラク人』の買物の中には、ご自分たちが飲むワイン以外に、ここ数年”先生”には脂肪分が 多すぎるということで買わなくなったベーコンも入っていた。
 前日に何故かベーコンの話になり、最近は食べられないと言ったからだった。 何と優しい『イラク人』なのだろう。
 私は昔からベーコンが好きだった。特に、ベーコンと白菜の炒め物は”先生”が30年前に 作ってくれて以来、長い付き合いだったのである。
 ところが、”先生”が高血圧で倒れてからは買物から外れてしまっていた。 ”先生”はベーコンの話が出たときに彼女に向かって言った。
 「ベーコンと白菜の炒め物は、私が大学一年の時にKさんのアパートでご馳走になったんですよね ?」
 私は長い間、それは”先生”の味と信じていたので突然の話で驚いた。 それ以前の私は、洋食店で食べるベーコンエッグしか知らなかったので、 ベーコンと白菜の炒め物は田舎から東京に出てきた私には郷愁の味だった。私はその料理は”先生” の母から教えられた故郷の味と思い込んでいたのかもしれない。
 私は二人の昔話を聞きながら、 私はベーコンを通じて”先生”と同じように彼女と30年振りの再会をしたような気がしたのである。

 「ええ?アパートでご馳走したことがあったんだ・・・よく覚えてないわねー・・・ 随分昔のことだわねー」
 私が
 「あのー、今は誰も使ってはいませんが・・・」
 というと
 「そうねー、私もロクロの上に乗って回ってこようかしらね・・・」
 彼女の頭の回転はロクロより速かった。

5月29日2004年


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