Shizuko's Ceramic Class

[Home] [Menu]

管理人の戯れ言

93.見知らぬ乗客

   今月は恒例の『Pt.Reyes Art Festival』に参加した。
 例年、室内なのだが、今年は『Love Field』が会場となった。
 内野を除けば、青々とした緑一面の美しい野球場である。トウモロコシ畑はないが、昔観た映画を 彷彿させる感のある場所である。
 一週間ほど前に、主催者から『Honey Bee』がいるので、サンダルは避けるように忠告された。
 初日、驚いたことがあった。セットアップが終わり椅子に腰をかけた”先生”の足元をみると サンダルを履いていたのである。それだけではなかった。左右のサンダルの色が違っていたのである。
 「このサンダル似ているのよね・・・」
 と、意に介さず平然としている。
 「でも、色が黒と茶色だけど・・・」
 私が遠慮がちにいうと、
   「形も色も似てるでしょ・・・だからよく間違うのよ」
 ”先生”は似ても似つかないサンダルに向かっていった。
 「・・・そっくりです」
 と、私は同意する他なかった。
 そんな会話をしている中、虫除けのスプレーを足にかけ始めた。万事周到な”先生”であったが、 その甲斐もなく、その日は終日涼しく、蜂が出没することはなかった。
 翌日は、暖かい日であったが、時より強い風が吹き、花瓶などの作品が数点壊れてしまった。
 我々は風から作品を守る為、ディスプレイの変更を余儀なくされたのはいうまでもない。強い風が 吹くたびに一喜一憂したのである。
 アート・ショーは土日の両日とも大勢の人が来てくれたので、一時間あまり延長したほど盛況だった 。
 毎年思うことだが、この寂れた田舎町によくこんなに人が集まるということである。  ここにはアーティストも多く住んでいるそうだが、住民すべてが観光客を暖かく迎えてくれるの だろう。
 私は後片付けをしながら、
 「蜂に襲われなくて良かった・・・」
 と、”先生”に言うと同時に椅子の下から子ネズミを発見した。
 子ネズミは10センチにも満たない目の綺麗なネズミだった。
 私が掴もうとすると”先生”は強く反対したので諦めるほかはなかった。生まれたばかりではないか と思われるほど動きが悪く、至近距離で見ても逃げる様子もなかった。簡単に手にとることが 出来たのである。何よりも、凸レンズのような可愛い目は、汚いイメージのネズミとはかけ 離れたものだった。
 私は家に持ち帰ることを希望したが、即座に拒否されたのは言うまでもない。私たちは急いで 片付けの続きをして帰宅した。その日、私たちは荷物をそのままにして、別の車で食事に出かけた のである。
 次の日、私が荷物を車から出してみると、荷台の隅々に噛み砕かれた白い紙を見つけた。
 私は咄嗟にあのネズミが荷物に紛れ込んで来たに違いないと思った。数日後、車の小物入れを 開けたときにも、ナプキンが食いちぎられていたので驚かされた。蓋が閉まっていたのに、と思ったの だが、ネズミならどこでも入れるのだろうとあきれ返ってしまった。

   ネズミを『連れてきた日』から一週間後の日曜日の夕方、先生が叫んだ。
 「あれ、見て。鳥の餌を食べてる・・・」
 木の枝に吊るしてある鳥の餌を、日も落ちないうちに出てきて、平気で食べているのである。 私は急いで木の下に行くと、そのネズミは木を登り隠れた。暫くすると、顔を出して私を見た。 アートショーで見た子ネズミとは違うが、美しい目の輝きは全く同じだった。
 対峙すること僅か、そのネズミは軽々と細い枝を渡り、一枚の枯葉を落とし フェンスの外の方に出て行った。

 あの日から、私は車に乗るとき、いつもあの子ネズミが車内にいるような気がしてならないの である。

8月26日2004年


Copyrights (C) 2000-2004,Ceramicstyle