どこにでも熱狂的ファンはいるものである。
映画、音楽、スポーツなどにのめりこんでいる人は数多くいる。
ここサンフランシスコ・ベイエリアではサンフランシスコ・フィルム・フェスティバルやミルバレー・
フィルム・フェスティバルなどで著名な俳優や監督が訪れる。
また、このベイエリアに住んでいるジョージ・ルーカス、ロビン・ウィリアム、
ショーン・ペンなどの映画人は列挙しきれない。
音楽も同じである。ミュージカル、オペラ、クラッシックやトップシンガーの公演はいとまがない。
昔のことだが、サンフランシスコでマドンナの公演があった。
私が勤務していた店の向かい側の玩具屋で働いていた若い男は、楽屋に千本の赤いバラを贈った
そうである。マドンナからサンキュー・カードが届くわけでもないのに、当時はあきれたものだった。
ただ、それ故に熱狂的なファンといえるのだろう。
ここベイエリアには多くのスポーツ・チームがある。
野球はサンフランシスコ・ジャイアンツとオークランド・アスレチックス。
フットボールはサンフランシスコ・フォーティーナイナーズとオークランド・レイダース。
バスケットボールはオークランドにゴールデンステイト・ウォーリアーズがある。
また、南のサンホゼにはアイスホッケー、アリーナ・フットボールやサッカーなどのチームもある。
ある日、私と”先生”は知人宅で買ったばかりのビデオ・カメラで撮ったビデオを見せてもらった。
娘とヨーロッパ旅行をするので初めてビデオ・カメラを買ったそうである。
ビデオの初めに入っていたのはSBCパークで撮ったジャイアンツ戦だった。
そう彼女は大のジャイアンツ・ファンだったのです。
彼女と比べると私は恥ずかしいほどいい加減な野球ファンである。私は日本人がいるチームは
すべて応援する。サンフランシスコ・ジャイアンツを応援するようになったのは、二年前の
ワールドシリーズ最終戦での劇的な敗戦からだった。だから本当の熱狂的なファンではない。
数年前、ジャイアンツとドジャースがプレーオフを賭けた三連戦の第二戦を息子と一緒に見たこと
がある。
勿論、息子は学校をずる休みをさせたのだが、課外勉強が子供には必要と考えたのはいうまでもない
・・・
私たちは、当時も野茂がいたのでドジャース・ファンとして応援した。その日は野茂は出なかったが
両チーム互角で終盤を迎えた。するとジャイアンツ側の内野の席がオレンジ色になったのがわかった。
プレーオフに出れるか出れないかの大事な試合を見届けもせず帰ってしまったのである。
ジャイアンツ・ファンではなかったが呆れてしまった。私たちの外野席から見るとそれは異常な
光景だった。出口に向かうお客が七回から九回までとまることがなかったからである。
九回が圧巻だった。ジャイアンツ一点リードで迎えた九回裏、リリーフのエース、ベックが登場
すると球場からブーイングがなったのである。私たちは驚いた。それはドジャース・ファンではなく
味方であるはずのジャイアンツ・ファンからだったのである。
前日の試合でリリーフに失敗していたからだろうが、サンフランシスコ”らしい”と
思わざる得なかった。私たちは熱狂的なファンではなかったが最後まで試合を楽しんだ。そして、
リリーフ・ピッチャーのベックは、満塁の危機を切り抜けジャイアンツが勝ったのである。
話がわき道にそれてしまったが、知人のビデオを見ていると、ホームラン・バッターの
バリー・ボンズに打席がまわってきた。
いままで、娘さんや球場全体の映像が多かったのだが、この希代のホームラン・バッターが登場
すると、次第にズームアップしてきてバリー・ボンズの勇姿が画面に迫ってきた。
ボンズが打つ構えに入った。ピッチャーが第一球目を投げた。次の瞬間、画面が切れたかと思うと
孫娘のバースデーパーティーの映像に変わったのである。
私は一番美味しいところを取られたような気持ちになり声も出なかった。私はこの人は熱狂的な
ジャイアンツ・ファンであってもボンズは嫌いだったのか、と思いをめぐらしていたのだが、私の
驚きは意に介さず、孫娘のバースデーパーティの映像の説明をしていた。
私はその帰り、車の中でラジオをスポーツ・チャンネルにあわせると、ジャイアンツ・ファンが
熱っぽく球団首脳陣を批判しているのが聞こえてきた。
「ダイハード」ファンと名乗る、この人たちの熱弁を聞きながら、来年も日本人のいるチームを
無節制に応援するのかも知れない自分を思うと、苦笑いせざるを得なかった。
今年以上に増えるであろう日本人選手に、いい加減な野球ファンとしてはとりあえず活躍
してもらいたいものである。
脇に置いてあったジャイアンツの帽子が”先生”の足元に落ちた。私は知人がニューヨーク
で買ってきたものを思い出した。
それは冷蔵庫の上にあったニューヨーク・ヤンキースの野球帽である。
私はラジオをAMからFMにかえてアクセルを上げた。