カンダハールからの手記
以下の手記は、会員の村上さんからE-mailで転送されてきたものです。
一人でも多くの方に読んでいただきたいとのことですので、ここで紹介したいと思います。
国連難民高等弁務官カンダハール事務所で働いていらした方-千田悦子(ちだ・えつこ)
さんという方の手記を紹介させてください。
千田さんは、国連難民高等弁務官カンダハール事務所で仕事をしていましたが、
オサマ・ビン・ラディン氏をかくまっているとされるタリバンの本拠地へのアメリカの
軍事行動などの危険性が出てくる中、一時的に勤務先をパキスタンに移転するという措置で、
「避難」をしていますが、その緊急避難の最中にしたためた手記です。
以下、千田さんの手記です。
報道機関の煽る危機感
9月12日(水)の夜11時、カンダハールの国連のゲストハウスでアフガニスタンの人々と
同じく眠れない夜を過ごしている。 私のこの拙文を読んで、一人でも多くの人が、アフガニスタン
の人々が、(ごく普通の一人一人のアフガン人達が)、どんなに不安な気持ちで9月11日(昨日)
に起きたアメリカの4件同時の飛行機ハイジャック襲撃事件を受け止めているか、少しでも考えて
いただきたいと思う。
テレビのBBCニュースを見ていて心底感じるのは、今回の事件の報道の仕方自体が政治的駆け引き
であるということである。特にBBCやCNNの報道の仕方自体が根拠のない不安を世界中にあおって
いる。
事件の発生直後(世界貿易センターに飛行機が2機突っ込んだ時点で)BBCは早くも、未確認の
情報源よりパレスチナのテログループが犯行声明を行ったと、テレビで発表した。 それ以後、
事件の全貌が明らかになるにつれて、オサマ・ビン・ラディンのグループの犯行を示唆する報道
が急増する。
その時点でカンダハールにいる我々はアメリカがいつ根拠のない報復襲撃を、また始めるかと
不安におびえ、明らかに不必要に捏造された治安の危機にさらされる。何の捜査もしないうちから、
一体何を根拠にこんなにも簡単に、パレスチナやオサマ・ビン・ラディンの名前を大々的に報道で
きるのだろうか。
そしてこの軽率な報道ががアフガンの国内に生活を営む大多数のアフガンの普通市民、人道援助に
来ているNGO(非政治組織)NPOや国連職員の生命を脅かしていることを全く考慮していない。
1998年8月にケニアととタンザニアの米国大使館爆破事件があった時、私は奇しくも、
ケニアのダダブの難民キャンプで同じくフィールドオフィサーとして働いており、ブッシュネル米国
在ケニア大使が爆破事件の2日前ダダブのキャンプを訪問していたという奇遇であった。
その時も物的証拠も無いまま、オサマ・ビン・ラディンの事件関与の疑いが濃厚という理由だけで
アメリカ(クリントン政権)はスーダンとアフガニスタンにミサイルを発射した。
スーダンの場合は、製薬会社、アフガンの場合は遊牧民や通りがかりの人々など大部分のミサイル
がもともとのターゲットと離れた場所に落ち、罪の無い人々が生命を落としたのは周知の事実で
ある。まして、標的であった軍事訓練所付近に落ちたミサイルも肝心のオサマ・ビン・ラディンに
関与するグループの被害はほぼ皆無だった。
タリバンやこうした組織的グループのメンバーは発達した情報網を携えているので、いち早く脱出
しているからだ。前回のミサイル報復でも、結局、犠牲者の多くは子供や女性だったと言う。
我々国連職員の大部分は、今日緊急避難される筈だったが天候上の理由として国連機がカンダハール
に来なかった。 ところがテレビの報道では「国連職員はアフガニスタンから避難した。」と既に
報道している。
報道のたびに「アメリカはミサイルを既に発射したのではないか。」という不安が募る。
アフガニスタンに住む全市民は、毎夜この爆撃の不安の中で日々を過ごしていかなくては
いけないのだ。
更に、現ブッシュ大統領の父、前ブッシュ大統領は1993年の6月に、同年4月にイラクが
同大統領の暗殺計画を企てた、というだけで同国へのミサイル空爆を行っている。 世界史上初めて
、「計画」(実際には何の行動も伴わなかった?)に対して実際に武力行使の報復を行った大統領
である。 現ブッシュ大統領も今年(2001年)1月に就任後ほぼ最初に行ったのが、イラクへの
ミサイル攻撃だった。 これが単なる偶然でないことは明確だ。
更にCNNやBBCは、はじめからオサマ・ビン・ラディンの名を引き合いに出しているが米国内で
これだけ高度に飛行システムを操るテロリスト事件を起こせるというのは大変な技術である。
なぜ、アメリカ国内の勢力や、日本やヨーロッパのテロリストのグループ名は一切あがらないの
だろうか。他の団体の策略政策だという可能性は無いのか?
国防長官は早々と戦争宣言をした。アメリカが短絡な行動に走らないことをただ祈るのみである。
それでも、逃げる場所があり、明日避難の見通しの立っている我々外国人は良い。
今回の移動は、正式には、避難(Evacuation)と呼ばずに、暫定的勤務地変更(Temporary Relocation)
と呼ばれている。
ところがアフガンの人々は一体どこに逃げられるというのだろうか?アメリカは隣国のパキスタン
も名指しの上、イランにも矛先を向けるかもしれない。 前回のミサイル攻撃の時は、オサマ・
ビン・ラディンが明確なターゲットであったが、今回の報道はオサマ・ビン・ラディンを擁護
しているタリバンそのものも槍玉にあげている。
タリバンの本拠地カンダハールはもちろん、アフガニスタン全体が標的になることはありえないのか?
アフガニスタンの人々も、タリバンに多少不満があっても、20年来の戦争に比べれば平和だと
思って積極的にタリバンを支持できないが、特に反対もしないという中間派が多いのだ。
世界が喪に服している今、思い出してほしい。 世界貿易センターやハイジャック機、ペンタゴン
の中で亡くなった人々の家族が心から死を悼み、無念の想いをやり場の無い怒りと共に抱いている
ように、アフガニスタンにも、たくさんの一般市民が今回の事件に心を砕きながら住んでいる。
アフガンの人々にも嘆き悲しむ家族の人々がいる。
世界中で、ただテロの”疑惑”があるという理由だけで、嫌疑があるというだけで、ミサイル攻撃を
行っているのは、アメリカだけだ。 世界はなぜ、こんな横暴を黙認し続けるのか。このままでは、
テロリスト撲滅と言う正当化のもとに、アメリカが全世界の”テロリスト”地域と称する国に
攻撃を開始することも可能ではないか。
この無差別攻撃や、ミサイル攻撃後に一体何が残るというのか。又、新たな報復、そして、第2、
第3のオサマ・ビンラディンが続出するだけで何の解決にもならないのではないか。オサマ・
ビン・ラディンがテロリストだからと言って、無垢な市民まで巻き込む無差別なミサイル攻撃を
国際社会は何故、過去に黙認し続けていたのか。
これ以上、世界が、危険な方向に暴走しないように、我々ももう少し声を大にしたほうが良いのでは
ないか。
アフガンから脱出できる我々国連職員はラッキーだ。不運続きのアフガンの人々のことを考える
と、心が本当に痛む。どうかこれ以上災難が続かないように、今はただ祈っている。そして、こう
して募る不満をただ紙にぶつけている。
千田悦子 2000年9月11日
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